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TOP > 会社紹介 > 波乱の社史 > 第3章 終戦へ 26.手形裁判

波乱の社史
第3章 終戦へ
26 手形裁判

この頃 本業の商売は、うまく運んでいる。手形は落とせる。しかし手形を無効に出来る機会が、途中で一回あった。M氏も手形の事を、専門家程は知らなかったのだ。

でも こちらは、もっと無知だった。その甘さが産んだ、結果かも知れない。

 

しかし 開発は、行った。

今度は通話距離が届かなかった無線部の代わりに、アマチュア無線機を そのまま流用したので簡単だった。各々15Km位届く、無線機だ。

それが 2台組み合わせると、又も5Km届かないのだ。 双方向 同時通話にすると、往復の通路の一方にノイズが入る機会が倍増し、その様に聞こえる結果だった。

無計画に改造を重ねた、前の機械は もう原型を留めないから解らないが、あれで良かったみたいだ。我々の希望通り、原因究明をすれば解った筈なのに、後の祭り。

あの程度の製品として十分に営業能力を持つ状態に出来上がっていたのだった。それは、仕方がないからと、既製品のアマチュア無線機を その部分に使ってみようという事で実験してみて解ったのだった。この時のアマチュア無線機とて当時の業務用無線機に比べて特に劣るという様な性能の物ではなかったはずだ。なのに結果は殆ど一緒。どうして一台が電波を送信している横で もう一台が電波を受信しようとすると、こうも問題が生じるのか?それを今の携帯電話は、どうして克服しているのか? これらはひとえに周波数が高い事に依ると思われる。周波数が高いと波長が短く、部品が小さくなってくる。そこで、作りやすくなる面も生じてくるのだが、当時のわが社には、そこに至るほど周波数の高い事への実用技術も、測定器も部品もが皆目無かったので低い周波数ばかりで挑戦したのだった。それでは、高い周波数を、十分に、習得後、この製品に掛かれば、どうだっただろう。開発期間が何百倍?かで、資金費用も同じく何百倍。それでは、M氏が、調達できるような額ではなく、話にはならない。わが社が暫く食ってゆける金にもならない。NTTの研究所にでも依頼すれば、既製の自動車電話が、開発費無くして製品単価のみ(又はリース料)で出てくる事は明らかで有ろう。

今度は母体の無線機が、しっかりしているので3Kmが5Kmになっただけだ。

多少改良すれば、10Km位には なるだろう。それで充分話が着くので、手形を返して貰うべく期限に充分余裕を持って、試作機が出来た。

 

手形画像1期日にM氏を呼んだ。無論 手形を持参するように、と申し添えた。にも関わらず、M氏は手形を持たずに現れた。

それでも 現物を見せれば納得して、[手形に相当する現金]を、用意したかも知れない。が、約束は違う。

筆者は許さない。実験は手形を持参しなければ、やらないと突っぱねた。

 

手形画像2そして 供託金を積んで、手形が落ちない様に 処置した。多分 手形は既に割り引きされて第三者の手にある。誰の手で交換決済に出て来るか、見物だ。

 

この時は、もう手形の事が解っており、普通 手形裁判では、敗訴する事も解っていた。しかし相手は自力で裁判を出来まい。ならば 弁護士費用が必要だ。

一死 報いてやる。おそらく手形の金額の4割位、弁護士に取られるだろう。[正しい者が報われるとは、限らない]のが、日本の法制度だ。

 

この目的での裁判所と弁護士の利用法は、弁護士が儲かる事を除けば、価値が有る。法を悪用した弁護士に仕掛けられた、『東京での4年の裁判経験』は、無駄では無かった。悪法?活用テクニック!

 

裁判書類画像1しかし 裁判の現実は、本末転倒していると思う。手段が重要視され過ぎて、あらぬ方向でしか進行出来なくなっている。公務員に多い建前優先・効果無視だ。

 

公務員だけでは無い。肥大化した民間企業「官僚化している」っと言われる文字通りの状態が、これだろうが、此の裁判所関係では、この兆候が早くに現れていた訳だ。

先ず鎌倉時代の武士達の間の揉め事を裁定するのに使われたのが、「喧嘩両成敗」

これは、「理由に関わらず両方とも同じだけ悪い」っと言う判決を幕府が下すのだ。こうすれば、詳しい事情を取り調べる必要も無ければ、判断する側の判断能力も必要無く、簡単明瞭だ。馬鹿に都合がよい!笑・・・

これが今も、現代の裁判所に続いている状況だ・・・・汗・・・

「いくらか払って話をつけなさい」っと言うのも、それだが、判決を出そうとせず、しきりに和解を勧めるのも、それだ! そして判決が出たとしても、双方の負担を半分ずつにする様な判決ばっかりなのだ。・・・これでは、何にも無関係な相手に対して「幾ら払え」って大きい額を言い出すほど得って事にしか成らない。言い出した半額に決まるから、出来るだけ高く言い出す方が得に決まってる。それも、「損害を与えたから賠償を支払え」っと言う脈絡なんか審議してもらえない。時間が無くて焦ってる!早く終わらせたい。陳述させたくない。何か意義があるなら別件の裁判を起こせ。・・・こんな状態だ。・・・・

 

この状態を制度にして見せた事が、20年くらい前であろうか?・・・の、特許法の大改革であった。このとき、実用新案の制度が大きく変わった。特許庁の手間が大きく省略出来るだけで、出願者(権利保有者)には価値が無い!これ以降、わが社からは特許の出願のみとなり、実用新案の出願は無くなった。

旧法では特許と実用新案の権利に大差は無かった。重要度の高い発明内容が特許とされて、その権利期間が、やや長いのだった。処が新法では、実用新案が大きく変わって、重要度も何もあったモノじゃなく、その審査が無くなってしまい、出願すれば、どんなモノも皆登録されるという図案名制度になってしまった。役に立たない発明や新案とは言えない様なモノ、既に存在するモノさえも登録になるのだ。こうする事で、特許庁側の難しい判断と審査期間公示期間が不要になった。・・・出願者同士の間で優先権の争いが起きた場合の判断は、どうなるのか?・・・・「当事者同士の間で、延々と裁判を行って下さい。特許庁は登録しただけで責任は有りません。知りません」・・・っと言う制度です。とりあえず特許庁が逃げた。次は裁判所が喧嘩両成敗で逃げる!っと言う算段です。

 

その次は最近出来た裁判員制度。・・高度な教育を受けた上に公務員としても、その中でもさらに高給優遇された立場の人である筈の裁判官達が判断して判決を下さずに、一般市民の生活事情を無視して強制連行し判決を出させる・・・・そして「皆さん一般の判断なのですから、仕方ないでしょう。受け入れましょう。私たちの判決じゃあありませんよ」っと逃げる魂胆。

 

これより少し前に持ち上がった少額訴訟制度だって、似たものだ。この裁判員制度の予兆といえる状態だった。裁判官を、弁護士に置き換えた事に過ぎない。裁判官が一般市民に替えられてすまされる。この状況を、少額訴訟制度では、弁護士を、司法書士や当事者本人に置き換えようとしていたのだ。

これが、試金石となって裁判員制度が成立した様に見える手抜き・・?狸??・・

 

・・・ああ国民は、何処へ行けばよいのか?そういう事から、ヤクザというのが生じたらしい歴史背景を、皆さん知って欲しい。暴力団とヤクザは、別ですよ。

 

必殺仕事人が要る。

 

かくして裁判が徳島地裁で始まり、一件は敗訴し高松高裁へ控訴した。

 

裁判書類画像2ところが もう一件の方は、現実離れした裁判制度のお陰で勝訴した。相手が出廷しなかったからだ。以前述べたが、日本の現行裁判制度では、出廷しないと 相手の主張を認めた事になる。手形の最終保有者は弁護士に手形事件を依頼して、それで終わりと思っていた。ところが手形は2枚有るから、それぞれ別件であり、[依頼を受けなかった、2件目]には、弁護士が応対しなかった。一般常識では変なのだが、これが法曹界の常識だ。

知らぬ振りして、別件として儲けるのだ!

結論[弁護士は誰に対しても公平に、不誠実]?

 

そこで 2件目は、相手のA氏が控訴した。正式に争えば 手形裁判は、殆ど振り出し人が負ける。手形は札束と同じ無因証券であり、発行理由は無関係なのだ。

現金お札や硬貨と同じ様に、支払い理由に関わらず価値が有る・・・事を誰もが認めて、それを出せば誰もが通貨と認めて物や労働を差し出すという事実・・・これと同じ事だという事なのだ。

 

裁判書類画像3延べ 4回の裁判で、相手方は 少なくとも額面の6割を弁護士費用に失っただろう。弁護士が儲けただけで争いは空しい。これが現実だ。

こういう仕組みになっており、裁判所も、意図的に弁護士へ仕事が回る様に一個人の話を相手にしない様にしていると見える節が有る。個人向けの相談窓口などと言っても、矛盾する態度が見え見えだ!。

けれども、どうも何か[裁判制度に欠陥が有る]?ように思える。裁判制度は庶民の手に負えず、弁護士の利益と「曲学阿世の徒」の為に、ある様な気になってしまう 国民の為に悪かれと思って、この制度を作ってきたとは、思わない。

だが現実には、[誤りを発生しない為の手段]を講じている内に、手段と目的が混同されてしまったのだろうか。 

別の好例が[踏み切り一旦停止]だ。停止する事に意味は無い。確認する事が目的だ。しかし それでは運転者が確認したかどうかを、警察官が判断する術がない。だから停まった事を代用している。止まった処で確認が出来たかどうかとは、関係無い。外に方法が無いなら仕方ないが、『警察官の為の、一旦停止』であり、当人の安全とは別なのだ。

「一旦停止」の方が形式的に最優先してしまっては困る。本末転倒という物だ。

これを、なくす為にこそ、警察官という生身の人間が居て、その場その場の状況判断をしているという物の筈なのだ。

・・・これは、「全自動化されて安全な筈の新幹線の運転席にも、運転士を乗せている事」 「スペースシャトルや、アポロ宇宙船も無人化しなかった事」と共通していると思われる。

人間の判断力こそ最善なのである。

 

毒を以て制する相手を[毒だけ]に限定するモラルを保って、人生を送って行きたいと、切に希望して止みません。仕事人や仕掛け人、仕置き人にも期待はしています。

 

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