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波乱の社史
第2章 真実よりも見かけが通る
19 恩義

逆に 恩恵を受けた事を、整理して見よう。恨みばかり覚えているのではない。

 

前経営者から 営業を引継いだ?・・・捨てる神有れば拾う神有り。しかし 当時拾ったのは、筆者では無い。半年間社長をしたS氏だ。

そのS氏が運転資金の借用証に代表取締役Sと書くのを嫌い、社長を辞任。

Y氏その後付帯条件であったのに「保証人は嫌だ」と変心した時、前経営者Y氏が「約束ならば」と説得してくれた。

同時に「約束事には、その保証を取る。」べき事を教えられた。

そのS氏が辞める時、前経営者Y氏は仲介人になってくれた。

又、S氏の悪い理由を 明確に彼に指摘してくれた。

辛く あしらわれたが、Y氏の言う事が後に最も勉強になり、役立った。

 

S氏が辞める時 その持株の引受人に、K電子社長がなってくれた。同時に席となる役員にも、名義を貸してくれた。

食えない当社へ[R産業]や[M電子]の治工具製作の仕事を、取って来てくれたのも K電子社長。

 

「マル経」という、無担保無保証の貸付制度がある。 商工会の推薦が有れば、当時300万円から500万円の資金が借りられた。これを探した筆者の父。だが、後にその[無保証]の保証人を外せ!と迫ったので帳消し。無いものは外せない。痴呆では無く、憂さ晴らし。しかし、それを撤回せずに、最後まで押し通せば親でも勘当される。

 

あっさりと推薦してくれたのは、鴨島商工会議所(当時登記上本社所在地=筆者の父の所有地=筆者の今の本籍地)の東谷氏。

後に[穴空きスポンサー]F氏を、紹介して貰う前に用意して有ったのは、この資金だ。すると その昔この資金を創設した、大蔵大臣は中曽根康弘氏。

 

かえって 大きな借金を遺したにせよ 当時は一時的に資金の希望と、話より かなり少ないが本物の資金を提供してくれたF氏と、その紹介者であるA銀行経営相談所。

 

その やる事為す事総てが裏目に出る中で、筆者の結婚資金と偽っても、100万円の借金申込は代行してくれたF氏。偽りを知りつつ、貸してくれたA銀行。

 

スポンサ-の筈のF氏が居ながらに、当座の日銭稼ぎが必要だった時、注文をくれた[K信号機]のKn係長と、F氏への危惧を耳打ちしてくれた Kd社長。

 

F氏が 事実上解任された後、前途多難の我社へ、役員としての、名義貸しをしてくれたのは、筆者の同級生のY氏。

 

業績が 好転しつつある中で、質の悪い人物が開発依頼をしてきた《偽自動車電話》事件。この時、この関係を断ち切った方が良いと進言してくれた人が居る。

その上 関連機器の開発要請を出し、仕事と その代金を提供してくれたのはS通販(現T社)のI社長だ。

 

この逆境の中で 色々な人に、どう対処したら良いか 相談した。殆ど「どう潰すか、どう逃れるか」との話の中で、一人だけ違う事を、勧める人がいた。絶対に「払うべき物を払わぬ方法で逃げてはならん。信用が無くなる。社会的に再起できん」と言ったのが、税理士 故Y氏だった。

 

此のY税理士・・・我が社から探し求めた物では無く、口先電機が脱税逃れをバレての後始末で御世話になった事への御礼にと我が社を餌食に「掛かり付け税理士となってやってくれ」っで決まったのだった。当時現役の税務署員だった父に、このY税理士の正体を聞いてみると、次の様な回答だった。「税理士としての腕はなあ、たいした事無い。しかし顔が利くんじゃ。」・・・

Y税理士は国税庁本庁出身であり、その辺の税務署長相手に、「オイコラ!お前、そんな事で済むと思うのか?」っと一喝できる様な立場で在ると共に眼光鋭い人物だった!・・・爆笑!・・・まるで探偵ドラマ浅見光彦シリーズに警察庁刑事部長本人が出てきた様な騒ぎだ。・・・・汗・・・

もっと凄い噂は「えーい国税局長を呼べい!」と言ったとか?言わないとか?・・・まあ、それほどの顔の利く人物、・・・つまりは、国税局本庁の大物たちにとって先輩だという事でした。

その人物の世話になっておきながら自らは、そのY税理士を常用で雇わず、我が社に雇わせた口先電機は一体何なのか?っと言えば、既に常用の税理士が居たので新たにY税理士を雇う訳には行かなかったのです。では、元々の税理士では、解決出来なかったのか?と言うと、それ程ひどい ずさんな経理をしていたのが税務署から当時摘発されて どうにもならなかったところを、Y税理士得意の「オイコラ御前!」っで、無理矢理押さえ込んで、済ませてホッとした所だったのでしょう。

ここまで筆者に解るのは??・・・、先出の筆者の父(現役の税務署員)というのは、南方から昭和23年に復員して税務署へ就職以来ずっと殆ど、法人税を担当したという会社への課税のスペシャリスト!!!っって訳で、手に取る様に実態が解るのでした。それを何故 我が社の顧問税理士にしなかったか?・・・それは口先電機の場合と同様に、既に常用の税理士が居たからです。それに、使ってやると何もかも ごちゃ混ぜに混同して家庭内に迄 口うるさく干渉してくるのが見えている。迷惑だ!

それでも定年退職時には、ご祝儀と言う事で、ちょいと名目だけ、顧問じゃ無く、別途 顧問小文句税理士という名で就任させた。・・・コモンじゃ無く、コモン「ク」っと一文字多いのだった・・・爆笑。・・・・それが、予想通り、当時の専務で経理兼任と激突(と言っても、話は、噛み合っていない 食い違っていたのだが)して、平行線を辿っているのを見て即刻解任して終わった。口論ばっかりで他の仕事が進まない。家庭内でも同じだったから予想は付いていた。しかし、この口論を挑まれていた者の側も又、同じ様な性格で筆者に向かって年中口論ばっかり挑んで来て居たのだった。・・・

 

穴空きスポンサーF氏に逃げられた後も、商品は[サテレーター10]として完成し、F氏紹介の[Iクレーン]には[リモコンエース]として納入された。F氏 ただ一つの、嬉しい置き土産だ。(酷い置き土産も多かったが・・・。)

これは[Iクレーン]側のS氏の、協力が実ったものだ。因に彼の名は《実》だった。

 

同じ頃、日刊工業新聞に載った新製品の紹介記事を見ていたのが、後、東日本総代理店(株)広進の社長。山岸氏は『これぞ次期商品』と直感し、何の縁も無い我社へ前金を、送り込んできた。

スポンサ-と銀行に逃げられた当社にとって、この現金は有難かった。[山岸大明神]と[日刊工業新聞様々]であり、当時の地元記者新居氏は その後も折りに付け、記事として書いてくれた。

実は、この[山岸大明神]は本当に新興宗教に入信しており、我社を大丈夫か?と相談したらしい・・・汗・・・ それが「大丈夫!この人は他人を騙すような人では無い」との返事が返って来たのだそうです!さすが、神様のネットワーク!我が氏神は物作りと産業の神、大山祇命(おおやまずみのみこと)で~す。

 

その後 一年しない内に業界初のハンディータイプを発売する事になる。その時も まだ資金問題で、揺れ動いていた。ここで(株)広進の山岸社長が、初ロット20台を前金で買うと言ってくれた。

これが今日この業界で、ハンディー機の普及した最大要因だ。今に続く[ケーブレス]の名は、ここで生まれた。

そしてその後 2年遅れて[日本ホイスト]の[クレディコン]が2番手として出る。更に1年遅れて[アンリツ]の[ハンディ・テレコン]、[東京電子工業]の[ハンディ・リモコン・マーク2]と続く事で、業界は加速される。ライバルに感謝すべきと言えよう。

 

上板町の自社土地建物を入手する手配をしたのは、不動産業のKk氏だ。「サラリ-マンが2000万円の家を建てて普通だ。この業容に金を貸さん銀行が おかしい。」彼は「絶対に資金を何とか出来る。」との確信を持っており、果たして その通りだった。

2軒の店舗兼用住宅が くっついて建つ方法で、住宅金融公庫まで使った。

 

当社の受取手形は、無担保を理由にA銀行では300万円迄しか割引出来ず全く焼け石に水だった。

そこで N商事(後Nファイナンスとなり 事件を発生する大手手形割引業者)で割り引きしていた頃、当社を訪れ巧みに考えた、合理的且つ合法的方法で2500万円の割引枠を捻り出したのが、D銀行のKr氏だった。

 

このあたりから、流れが変わった。

徐々に筆者の言う事の方が、信用され始めた。

 

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