産業機械用無線操縦装置-朝日音響株式会社

地方パートナー店募集中

↑メールはこちらへ

業者頭越し直販は
有り得ません。

TOP > 会社紹介 > 波乱の社史 > 第1章 大混乱の継業前後 6.穴空き、スポンサー

波乱の社史
第1章 大混乱の継業前後
6 穴空き、スポンサー

現法人の初代社長Sが 専務取締役の地位を経た上退職し、代わって新常務に《K電子》の社長が 非常勤ながら就任した。これが1978年(昭和53年)7月末だ。

この時 K氏は、特に経営に対し 口も手も出す様子は無かった。

 

そこで筆者は《A銀行経営相談所》へ行き、次の様に述べた。

記事画像「偶然 社長という立場になった。商品を作る自信はあるが経営経験が無く、営業経験も資金も無い。それらの力のあるスポンサーを、紹介して欲しい。ただ 売上がゼロになっても、半年位給料を払えるだけの金は借金ながら用意している。それから先の為に誰かを是非・・・」

その場で「全く好都合な人物がいる。」と回答が有り、後日紹介されたのが《F電機》のF社長だった。

そして早速10月末には 彼の100万円の出資分を増資し、彼も取締役として登記されたが 彼は他の役員の承認無く、先に専務取締役という名刺を印刷していた。

 

それに対し 旧役員のK,H両氏が反発した。

役員の移り変わり 図K氏は「F氏よりも株を多く持ちたい(議決権を多く得たい)」と発言し、H氏は「あの人は信用できない。」と意見を述べた。

これに対し筆者は「こちらから頼んで来てもらった人を、『信用できない』等と言っていては、どうしようもない。もし裏切られる様な事があったなら、私が一生かけても復讐してやる。(もう復讐は、終わったのだろうか? まだ これからなのか。一生は永い。)そんな事よりも彼が やる気を持って《勇み足》したと考えて許してやって欲しい。前向きに まだ動いているのだから。」と言って どうにか治まった。

似顔絵ところが本当は 彼らの直感が正しく、《筆者が言葉どおり解釈した》様には ならない。

F氏が おかしな事をする訳が無いという確信は、次の点から得られていた。

(1)地元トップの銀行が紹介者であり、その挙動は銀行の信用でもある。

(2)彼は一つの企業を、安定に成功させている実績がある。

一方、それまでに経験しなかった理解し難い言動がみられた。これらは後の彼の行動を予測出来るものであったが、当時 全く経験の無い筆者には、不思議なだけにしか感じられなかった。

例えば「他人に対し良い話をしてはいけない。それが果たせない時、困る。」(果たせもしない話を出さねば良い。可能性のある話で その対価を得る話は当然で、果たさない時は 相手も対価を支払わねば良いのに おかしい? 実は彼の話は実現不能な事が、非常に多かった。調子良い話だけが進む。)

F電機 会社概要そういった後ろ向きの話も 多々有ったものの、F氏から援助を受ける為の対価として我が社が持っている《スタンバイ》の無線技術を、《F電機の取扱っているホイストクレーン》の無線化に使う案が 必然的に出てきた。

その為の具体策として(これも話をしては いけないと、言われたが)《F電機》が開発費を当社へ支払う代わりに、総発売権を確保する案が出た。

その方針で試作品1台を造り30万円(300万円に非ず)で買上げてもらった。

それを《F電機》の名で 県の工業展に出品する一方、後に当社常務取締役になる原田が出向社員として「勉強の為に」と赴任してきた。

我社の金策を考えると 増員は困るので、彼の給与について確認したところ「勉強させてもらうのだから、当然《F電機》で持つ。」と力強い回答だった。が、現実の給与支払日が来て「ちょっと立替ておいてくれ。」が続く。

まとめ

年末が来て 決算の時に、立て替え分を請求すると「わしの役員報酬を貰って無いから、それと振替してくれ。」

しかし それでは、心配した原田の給与より高額だ。不満ながら我慢したが しばらく後、今度は「原田の保険料をくれ。」と言い出した。「給料も払って無い者の保険料を、何で払うか。」と 今度は断った。

元々名前だけの役員には給与を払っていなかった。給与を払ってると言うのは全て勤務して何かの労働をしていたから、その労働賃金をもらっていただけだったのだ。だから役員に払うのは やめれば良かった!しかし、本来の資金繰りを してもらいたくて払ったのだった。

後日それらが原因で愛想を尽かした原田は 自宅のすぐ近所の《F電機》を退社し、超遠距離通勤で且つ倒産しそうな我社に再就職したのだった。

 

当面「《スタンバイ》の販売は止める」との方針から余剰人員は《F電機》の仕事をする為に、2~3人が逆に出向し、単純労働の工賃が我社に貰えた。

一方 A銀行との打合わせで「《財務はF、技術は河野》として、徳島の《ソニ-》になれ」との話に従い、《金の心配をしなくてよい》筈だった筆者は次期商品の開発に専念した。

工業展パンフレット画像

ところが、次期商品を展示した工業展が終わるとF氏の話が変わった。

「《F電機》が発売元になると言ったが、この商品は《朝日》で売るべきだ。その代わり私が《朝日》へ常勤して事を進める。」と言うので 承知した。

 

《F電機》は後に《農産物反転機》を発売する。なるほど《反転は上手い。》!

しかし 一向に出勤しない。そして発売元で無くなった為か、約束の研究費としての資金支払も無い。

 

この頃《口先電機》とニックネームを付けた。催促に対し あっちこっちの銀行を紹介してくれる。最後に ひとつ借金できたのは、A銀行鳴門支店で(元々メインバンクではないか)しかも、筆者の結婚資金として申し込んでくれている。

担当のN氏には「たった100万円に掛かって情けないですな。」と言われた。(それが後日 この発言によって、別の行員S氏が 大恥を掻き、左遷される元になる。)

一方 《スタンバイ》の大量生産の話が、《Nhメーカー/N通販》から舞い込んできた。

 

名刺画像前に述べた 東京のブローカー《S・エンジニアリング》経由だ。

《Nhメーカー》は 言わずと知れた、気泡式美顔器《Eパック》や《Rランナー》をヒットさせた大手通販ディーラーである。

この話に対してF氏以外の役員が、全員反対した。《Nhメーカー》に対し「販売に それ程自信があるなら、前金を預かって やらして頂く。我社には、毎月1500台の生産を するだけの資金が無い。現実に動けない。」と筆者が伝えた。

これに対しF氏が「君らは商売を知らん。お客様に何という失礼な事を言うか。この話は私が全責任を持って、資金調達し進める。」と言い切った。

そこで再び筆者が他の役員に対し「失敗しても、それを償う力が有る筈だ」と耳打ちして、F氏の言う事を聞く事になった。

その間、後に取締役に就任するSも入社し、彼の100万と《F電機》専務名儀の100万の、合計200万円を増資し、資金不足への一助とした。

これで資本金は 600万円となった。

本来は資金繰りに使う様な物では無い…増資資本金を資金繰りに使い続けたのだった。

 

又 アマチュア無線での交信を契機に《K信号機》向け《火災報知器基板》改良・新設計の引受と 下請製造も導入した。

スポンサーが居ながら、当座の経費稼ぎが必要だった。そして その成約を祝って、K社長から 会食の招待があった。

その席上で K社長が、筆者に耳打ちする。「河野さん、会社を踏みつけにして個人が、ええかっこうをする様な人が 居るんでは いけませんよ。」

この時、F氏ばかりとは思えない点が、問題だった・・・。Sも Kも Hも 私以外 皆だあ・・・・

 

> 7 緊急生産 > 目次

波乱の社史 一括ダウンロード

PDF形式 (約2.8MB) >>