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波乱の社史
第1章 大混乱の継業前後
5 神馬・仙波のドッキリ・カメラ

1978年(昭和53年)に入って、商売は一層の混乱を極めた。《スタンバイ》の報道合戦と広告,新聞,雑誌が 騒がしくなり、前号で述べた《製造元と取引の無い総発売元》が いろいろと浮かび上がっては消えてゆく。その様な中にも、自動車業界の出身者による真面目な会社も有った。

名刺画像《Hエンタプライズ》等も その一社だった。しかし、当社の直接取引先で無い以上、何とも言ってあげられないのが辛かった。《スタンバイ》で一旗上げようと 勤務先を退職して会社を設立したものの、はっきり言って《総発売元》とは 偽の権利でしか無い。総発売の権利の無い会社から、それを任されている。我社から見れば2次店だが、目を つぶって付き合った。

次の3次店に向けては、「うそです。発売元じゃありません」等とは言わないだけです。

 

ある日、旧総発売元《O製作所》から「関東の代理店を 任そうと思う会社がある」との話があり、東京で会う事になった。その時、情報入手と勉強の為にと《Hエンタープライズの》社長と会長を誘った。快く応じてくれて、3人で筆者の車に乗り 東京まで行った。

 

名刺画像この東京の会社こそが、後に弁護士まで騙して当社を民事訴訟に持ち込んできた《S・エンジニアリング》(後に倒産逃れにS商事)だった。

後に 週刊誌、月刊誌等に、1頁広告を出して 高出力の違法コードレス電話を売っている同名の会社《S商事》が、その後身では無いかと 思われる。

東京のレストランでの夕食の場に その《S商事》の2次店と称し、札幌の《OK商事》O社長なる人物と、神馬なる人物が現れた。

ど~も ど~も 挿絵このO社長は どう見てもタレント《小野ヤスシ》に見えて いつドッキリカメラになるのか、気が気で無かった。

 

そんな中で たまたま同行した《Hエンタプライズ》の会長が、神馬氏に「札幌のどちらですか?」と聞いたところ、神馬氏は「丘珠です。」と 答えた。

すると会長は「懐かしいなあ・・・丘珠に昔住んでいたんですよ。丘珠の どの辺りですか?」と 更に聞いた。

「神馬」名刺画像ところが 神馬氏は、しばらく沈黙の後・・・「私は・・・北海道の神馬と名乗っておりましたが、実は愛媛出身の 仙波です。神馬という丘珠出身の人間は 別に居るのですが、技術的話という事から私が神馬という振れ込みで 済ませておりました。スミマセン。」

 

一同 唖然として数分間、気まずくシラケ切った雰囲気が続いた。これには詐欺師(失礼)《S商事》の社長も ギョッとした様で、皆 話が硬くなり そこそこの話で終了した。

偶然《Hエンタープライズ》の会長が 居会わせなかったら、どういう話に展開したろうか? 案外 本物の《ドッキリカメラと小野ヤスシ》で、アドリブの《丘珠》にドッキリし《ドーモドーモ》のチャンスを、失っていたりして・・・

 

これを後に《ジンバ・センバ物語》と呼ぶ。

 

その様な外部情勢の中 社内では又、別の問題が発生していた。前年《代表取締役》として借金するのが嫌で専務に降りたSが、今度は「こんな綱渡りみたいな経理は出来ない。退職する。」と わめき出した。

当然 300万円の資本金中、彼の株100万円の 買い取り要求がある。

本筋からすれば「責任上 出したままか、本人が何処かへ売って来る」べきなのだ。

残るHと筆者は 株券自体の100万円を急に銀行ローンで用立てした身で、且つ会社として金に困っているのだから そんな金がある訳が無い。

Sは又も前経営者Y氏を頼って、仲介人になってもらった。株の引受人としては筆者が《松下寿》勤務時代に知り合った《K電子》を探して来て、引き受けて頂くと共に取締役就任も引き受けてもらった。前経営者立ち会いの下 退職調印の最中、Sは「退職後 月7万円でよいから半日勤務の経理員で雇ってくれ。」と言い出した。当時7万円払えば、若い現役バリバリの女の子が1日中勤務してくれるから、あっさり断った。

 

お金だったら いいのに 挿絵退職後Sの机から大量の《記入済振込伝票》が発見された。当月振込の際 翌月の分も書き、翌月が来て先月書いた分を忘れたまま、その月の分と更に翌月のを書き、それを置いて翌々月には又 忘れて同じ事を繰り返していた様だ。きれいに揃っていた。

又sは「金があるんだから良いでは無いか。」と言って、支払日よりも前に支払をして、筆者が止めた事も あった。実は、彼は商業高校出身だった。???学習しているはずだ! が、忘れていただけか?

 

Sは 自ら決めたはずの 他の者より遅い出社時間も守れず、会社に来ても 経理係として行うべき仕事を見出せず、筆者と対抗する事だけに終始していた。それだけで精一杯の頭!もう何も出来ないS。

この頃 《錯乱状態》と言う言葉が社内で流行した。!

 

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