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空間の体感

2000,0724講習 0731最終校正

 空間というのは 例えばモノの大きさの比率である。
この投稿箱・・・20センチ立方くらいの箱だが・・・それを私が持っていると 首から
遺骨を下げているのと変わらない。このモノの大きさというのは小さい。
ところが私が入っている建物は大きい。
大きい小さいという感覚は、皆が持つ実際の差として絶対数値が「大きい」「小さい」
と言うこと以外に、相対的に「大きい」「小さい」という話が出てくる。
仮に ガリバー旅行記に登場する小人が、この投稿箱を見たとしたら家くらいある。
しかし私には家ほど有る訳がない。それは当たり前。自分から見て大きいか 小さいか。

それとは別に、同じ大きさの人間が同じサイズの箱を見たときに、その大きさが違って
見える、という問題がある。これは以前 カメラの話の時に言ったことがある。
どこを視点にしてみるか、ここから見るのと、1キロ先から 点みたいな箱があると見る
のと、逆に近づいて見る時とでは、同じ箱なのに全然見え方が違う。この差が視点。
仮に 今の視点から見た時、一番近い4つの点を見るのだけで 点の間の相互の角度が
幾らになっているか? 20センチに近づいて見たら 角度は凄く開いて見える。
45度や90度の角度で 1つの面を見ている。
ところが1キロ離れて見ると、この箱は点にしか見えない。自分の方に向いている面の
4つの角は、全て1カ所に見える。遠くだから、相互の角度はゼロに等しい。
太陽を見ても同じ。太陽は光が8分掛かって到達する距離にあるから、地球より かなり
大きくても、小さく見える。地球から見れば太陽は地球より小さい。
太陽は元が とてつもなく大きいから、さすがに点には見えないが・・・

遠くから見れば殆ど平行に見えるが、接近してみたときは角同士を見る角度が広くなる。
幅が広く見える。近くで見れば、顔の前の面積の何%が箱で遮られているのか?。 
すぐ目の前に有れば 箱ばかりで他のモノが何も見えない。「箱なのか何なのか判らない」
と言うことになってしまう。1メートル離れると 箱だと判るようになる。
この見方は非常に大事で、カメラでも モノの「広がりを感じる」「大きく写った」と
いう感覚は、この遠近感から来る。カメラの場合(写せる)角度が広いから広角レンズと
言う。もっと広いのは魚眼レンズと言う。遠くを見るのは望遠レンズ。

差は何か?遠近感の差であると言えば それだけになる。望遠レンズで遠くの箱を撮影
した時と、同じ箱を近くで広角レンズで撮影した時と、写真に写る大きさが同じになる
ように撮れば、同じに見えるはず。
10倍の距離に有る物を10倍の望遠で撮れば大きさは同じに写るはず。でも違う。
何が違うのか? 望遠レンズは距離を圧縮すると言うが、遠くのモノを ただ大きく見て
いるだけ。目(カメラ)と箱の距離は離れているので、いくら拡大して 画面に一杯に
写ったとしても、(箱の奥の角度と手前の面の角度が大事だから)手前の面の面積と奥の
面の面積が ほとんど同じになる。

その理由は、手前の面の角度と奥の面の角度、あるいは距離に どれだけ差が有るのか
と言う事にある。箱が遠くに有る場合(示した図上で)パッと見て箱のサイズの15倍の
距離の差がある。目から箱までの距離が1メートル50。箱の奥行を10センチとすれば、
目から箱の奥の面までの距離は1メートル60。つまり15分の16の奥行きの差となる。
ところが箱を すぐ目の前で見た場合は、手前の面を10センチ向こうすれば、奥の
面は20センチ向こうとなる。すなわち距離差は2倍になる。15分の16しか差が無い
のと比べたら 見え方が違うのは当たり前。

視点を近付けた場合、この箱は随分立体的に見える。しかし遠くにあれば「四角い物が
有るな」程度になる。同じ様に見方を もう少し変えてみると、近ければ角度が直角か
どうかが判らなくなる。手前が大きくて 奥が小さい台形にしか 見えない。
同じ位置に見える視線というのは、一番奥への透視線を書いて手前の視線と比べた時、
手前の大きさと奥の大きさとの差に見えている。同じ10センチでも手前は大きく、奥は
小さく見えるのと一緒。目との距離の度合いによって変わる。

地図上で見ると幅は平行な道路だが、路上から遠くの道を見ると手前が広く、奥が狭く
見える。この立体的感覚が、コンピューターグラフィックでビルの間を戦闘機が飛び回る
ような映画にも生きている。スターウォーズだ。


人の考え方でも同じ事が言える。会社の駐車場が足りなくなった時、ご近所に土地を
貸して欲しいと頼んだ。その時「お宅やウチの家より広いのに、ドーシテそんなに土地が
要るん?広いでぇ」と言われた。「車が一杯に成っとるんやけど・・」「いぃや、広い」
と、視点が全然違っていた。「自分の家の庭よりも広い、それ以上要る訳がない」
車の台数が多いと言う話は耳に入っていない。ただ「狭い」「広い」と言う事だけしか
見ていない。視点が違う。先ほど絵に描いてきたのはモノを見るときの視点で、今の話は
考え方の視点。

CGでは、全ての数値を入力しており、データとして持っているが故に、自分の視点を
変えてみた時 どう見えるか?というシミュレーションが 簡単にできる。
昔の者は三面図を見れば立体的にモノを理解出来ていた。CADが無くても設計出来た。
しかしコンピュータ処理に慣れると、コンピュータが無くなれば 想像することも設計も
出来ない、そんな事が起きる。


今までは視覚的な空間の広がりだったが、今度は相対性理論になると どうなるか?
太陽があって地球がある。相対性理論で有名なのは、本当は見えないはずの「太陽の陰に
ある星が見える」と言うモノだ。何故か? 光が太陽の周りで曲げられているから。
重さで光が太陽にひっぱられて・・・光に重さがあるのか?・・・重力で曲がっている
と言う視点が一つ。もう一つは太陽と言う大きな質量が有る為、空間自体が曲がっている。
光は真っ直ぐ進んでいると言う見方。

空間というのは 碁盤の目の様でないとイケナイはずだが、中央に重い物があったら、
空間を押し退ける。中央に有る物によって空間が邪魔されて居て 周りを押し広げて歪む。
物から離れるほど歪みは減ってくる。外へ行くほど無くなる。
邪魔して周りを押し退けていると言うのは、例えば おがくずの中に放り込んだボール、
餅を焼く網に何かを ねじ込んだ場合など。無理に突っ込むと周りは歪む。
そんな風に太陽などの大きな星の存在で 空間が歪んでいる。光は道通り真っ直ぐ進んで
いるのだが、道が曲がっていると言う事になる。

人間の視点から見れば 天文学的数字の遠くで起こっている事は判りにくい。
しかし光の速度は絶対であると言うことから おかしな事に なってくる。
遠くのモノは凄いスピードで動いていたとしても判らない。
例えば、秒速1センチで箱の辺を 蟻が動いたとする。すぐ近くで見ている者には秒速
1センチで動いているのが判る。ところが星の彼方から見たら、箱そのものが有るか無い
かも判らない。蟻が箱の端から端まで動いたとしても、(遠くから見ている者にとっては)
動いてないに等しい。

この感覚が判りやすいのが列車やバスに乗って走っている時。近くの景色は次々変わる
が、遠くの山は ほとんど変わらない。それと同じ事が起きている。
人間が動く場合、例えば車や列車に乗って走っている時というのは、景色が動くことで
自分が動いている実感を持てる。
しかし海へ行って船に乗ると、1時間乗っても景色が変わらない。下の水面が後ろへ
動いたとしても その水面は何処も同じに見えて実感がない。船に長時間乗るという事は
そういう意味で しんどい。空間の広がりが 有り過ぎて、気が長くないと耐えられない。


そんな風に人間の目や感覚は自分の視点を基準にしているから、見る位置によって随分
変わる。その違いを はっきり認識するには場数を踏んで、いろいろな経験をする事が
大切であり、それが仕事や考え方の上で役に立つことになる。

例えば以前、送信機の電池の充電が出来ないという事で出張して見に行った時の事。
ユーザーは「充電していた」と主張するが、実際は出来ていない。確かに充電出来る様に
セットは されていたが、夜間には建物の電源を切っていたのだ。
「充電」の視点が全然違う。こんな例でも出張費が何万も必要となってくるのだが・・・
これを客が払うのか?

朝日音響では、「もし機械が悪くない場合でも出張費は頂きます。宜しいでしょうか?」
と何度も念押しをしてから出張をする。
普通の会社は そんな事は言わない。電池を見に行っただけでは只である。しかし その
分は、しっかりと新製品や電池などの消耗品に上乗せされているのである。
「朝日音響は電池を見に来るだけで出張費を取るのか?」と言われるが、これも視点の
違い。他の業界で 典型的な話を聞いた。

貨物船やタンカー用のレーダーは 定価1200万円だそうだ。私のは29万8千円。
これのメーカーの卸値は350万円らしい。この差額は どうなっているのか?
言い値で買う会社も有るが、値切れば メーカーは卸値を300万まで下げる事も 有る
らしい。1200万で買っているユーザーは一体 何に意味を持っているのか?
海外では有り得ないが、日本では間に沢山業者が入って 1つ売れれば皆が食える様に
している。どっちが得か?これも視点の違いか?


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