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四国放送「あわ紳士録」 501回 徳島銀行提供番組

(231回1997.0302に次いで2回目)2002,0505

聞き手:大谷 初美 アナウンサー

2002.0703文字化記録作成JJ5AFA

 8時35分になりました。日曜インタビュー「あわ紳士録」第501回。今朝の御客様は朝日音響
株式会社 代表取締役社長 河野繁美さんです。聞き手は大谷初美です。
*** この番組は徳島銀行の提供で御送りします。(コマーシャル 以下略) ***


大谷:河野さんは脇町(注)の御出身で現在51才。電気メーカー2社にお勤めになった後、昭和
51年に朝日音響株式会社に入社されました。昭和52年から代表取締役社長を務められて
います。河野さん おはようございます。(注;脇町生まれでは無いが幼少から20年過ごす)

河野:おはようございます。

大谷:よろしく御願い致します。現在の会社に入る前にも 電気関係の御仕事をされていて、
河野さんは 小さい頃から そういう電気系のものが御好きだったんですか?

河野:電気に限らず機械物全体が好きだったという こういう状態ですね。もう とにかく小さい
ときから玩具を見ると「中は どうなっているのだろうか」と 全部分解していました。

大谷:遊ぶより先に! 最初に御仕事を された時、電機メーカーに御勤めになりましたけれども、
その昭和40年代の話に なりますか?

河野:そうですね。40年代中盤ですかね。

大谷:その頃と言えば電気メーカーとは どんな物を製造されていたんですか?

河野:そうですね。輸出用のステレオとかカーステレオとか そういう物を生産していたんです。
そういう意味で 製品として夢が有ったんです。それで そういう会社に入ったんですね。
部品だけ作っていると言うと、ちょっとバカにするようで悪いんですけど あまり夢が無いんで
私は多分 そんな会社には入らないーー。

大谷:ステレオといえば結構、高級品だった。家庭のステレオ?

河野:そうですね。ところがね、当時は円が1ドル360円という状態でしょう。 ところが米国で
その円を1ドル使ってみると100円くらいの感覚しか無いんです。他の物価とか給与の関係
から そういう状態だったんです。だから日本で360円分もらって こしらえた物が向こうで
100円くらいの感覚なので 必ず買ってくれる。つまり安いと・・・
そこに輸出産業が成立してた要因が あった訳なんです。

大谷:当時お作りになっていた そのステレオとか カーステレオですか? どんな物ですか?
今とは?・・・


河野:今で言えば、「マニアの方が いわゆるデッキと称する」形をした 平べったい物ですね。
幅40センチくらい、奥行き20センチ、高さが10センチ。そういった物の中に 古いカー
ステレオのテープと同じようなカセット(大きなカートリッジテープ)、そして右側の部分に
ラジオのチューナーのダイアル目盛が付いた・・・それで後はスピーカーボックスが2つ付けば
ステレオとして全部通用する。レコードプーレヤーでないテープのステレオ、と言うのが
多かったんです。

大谷:えーっ?! 日本人の感覚と少し違いますねえ。

河野:違いますねえ。あのーまあ輸出と言えば 殆どアメリカという国でしたんで「アメリカ人は
不器用やから だから、ああゆう風にポーンと放り込むステレオしか出来んのや」という感じの
受けとめ方を 社内では してましたね。

大谷:そうですか。繊細に針を置いて楽しむ、レコードを?

河野:それどころか、現在の世界中に普及している小さなカセットテープ、「あのカセットテープで
さえ難しい」という、そういう話でしたよ。

大谷:まあ!本当かしら・・・。まあ そういう御話を聞きますと 現在の朝日音響という会社に
御入りになったのも、何となく音楽からの流れという気が するんですけれど?・・・


河野:あのー 実は この会社は最初に確かに音響機器を こしらえて居ったんです。当時まだ 
そのカラオケと言うのが日本で流行らない頃に、一般のレコードを相手にして 歌手の声の
代わりに自分の声を出す・・・「歌うステレオ」を こしらえていた会社なんです。

大谷:えー!そんな!!!

河野:自分で歌うんです。歌い始めると歌手の声が消えてしまって 自分の声が代わりに入ると、
そういう機械を発明した方が この会社の、前の経営者なんです。

大谷:それで まあ!

河野:・・・「○×音響」と言う名前です。

大谷:その時代に 御入りになったんですか?

河野:そうです。もう最後の頃ですね。もう カラオケが普及してくると 売れなくなる。

大谷:ああそうか。

河野:消さなくて善いんだから。

大谷:ああ・・・

河野:その頃に入社したんです。後は「じゃあ、その商品は駄目になっていくだろうから 何を
やって行くか?」

大谷:次の生き残りをかけて!・・・

河野:はいはい。私がアマチュア無線を長年やって 無線関係が得意でしたんで、じゃあ何か
やろうかという中でですね、たまたま「車のエンジンを 無線操縦で掛けてしまえ」と言うのを
思いついた人間が社内に居て、「じゃあ、それを商品化しよう」と・・・。

大谷:昭和50年代の初め頃ですね。

河野:初めです。

大谷:車は かなり普及していたんですね。

河野:もちろん車は相当ありました。ただ、ネックで有りましたのはオートマチック車というのが
当時は7%しか無かったです。

大谷:そうですね。

河野:でも、オートマチックでないとですねえ、ギヤを ワザワザ入れて停める人が殆どだった。
車のエンジンを掛けようとしたら 車は前へ走っちゃいますねえ。

大谷:ギヤが入っていると 危ない事になりますねえ。

河野:だから そういう問題が有る状態の商品でも とにかく面白いっていうんで売れる。「じゃあ
作ろう」と言う事になったんです。ですが結果は あんまり よろしくなくてですね、評判は
善いんですけど 実際は モノが あまり売れなかったと・・・。

大谷:「面白いものが有るね」と話題には なりますけど?

河野:人をビックリさせる為に買う人ばっかりだった訳です。

大谷:うふふ・・・。そんな!安かったんですか?

河野:まあ そうですね。私たちは当時から安かった値段を狙って、まあ5万円くらいの定価で
売ろうとしたんですが、プレミアムが付きまして 市場では10万円で売られていると、それで
随分あちこちで騒ぎが起きました。あの・・・いわゆるヤクザさんが 商売に絡んで来るとか
ですね。利権を狙って、どこそこの販売権は幾らで取り引きしたとか、そんな事ばっかり・・・。

大谷:手に入らないチケットと同じですねえ。

河野:最後は 実際にネズミ講の会社が やって来ました。

大谷:いやー!そんな・・・そうですか。

河野:今でこそ何か、北海道だけで 年間十何万台売れているっていう話ですけれど。今から20年
以上 前の話ですから。

大谷:今の時代ですとオートマチック車だと エンジンを暖めておいてというのに便利ですわねえ。

河野:で、現実問題 面白味は無くて実用として、北海道・東北方面では売れているようです。

大谷:早かったんですねえ、読みを見ているのが。

河野:まあ、世の中、発明と言う物は大体そういうもので、みんな儲け損なっていると思いますよ。
で、その後ね、「これが駄目なら どうやって食って行くんだ」と経営的には困った状態になり
ましたんで。それからですねえ、この無線の技術と言うのを巧く利用して「もう少し儲けの
善い物は何か無いのか」と言う時にですね、じゃあ「無線操縦としての信頼度というのは十分
達成していた訳だから もっと大きくて怖い物を無線操縦やっても大丈夫だ」と。
それでクレーンの無線操縦という業界に入って、それから24年経つ訳なんです。

大谷:今も変わらず?・・・

河野:そうです。まあ商品は殆ど そのクレーン業界向けのプロ用の無線操縦と言うので商売が
出来ております。クレーンの場合はですね、まず運転台にオペレーターが乗ってて操縦している
クレーンと、その次に今度はビニール線が出ていて、まあ、これをペンダントケーブルと言うん
ですけれども、そのビニール線の先端に付いているスイッチを押さえて操縦していくという 
まあ大体、こういう2つの方式に分かれました。そこに無線操縦が首を出す訳ですね。

大谷:クレーンと言っても身近に見える物から、かなり大掛りな 大きなビルを建てる物から?

河野:そのビルの方は我々の分野なんですが、一般の方にクレーン、クレーンといったら、目につく
のは トラッククレーンですね。四国でもトラッククレーンのメーカーは有りますよね。
私どもが扱っている無線操縦は そうじゃなくて、工場内に設備されている、例えば先ほどの
ビル建設現場、あるいは造船所、そういうところに設備されている電気を動力としたクレーン、
そういう業界だけを 私どもは狙って来たんです。
現在のところ私どもが年間で3千台販売していると、どうも これが業界の3割近いシェア
みたいな感じなんですね。

大谷:少ないといっても、その同業他社が何社も有る訳ですから差別化を図らないといけないと
思うんですけれど?・・・


河野:そう、私どもは安い線から入りましたんで、とにかく安いんだと言うんで、騙されたと思って
買った人が「あら?いけるじゃないか」といった感じの商売展開してきた訳です。余所さんの
1/3の値で、という売り方を 最初のスタートの時は やったんです。

大谷:まあ機械と言うものは大体、私は詳しくは有りませんけれど専門の物に なるほど とても
高いですね。


河野:うん、それが一つ。もう一つは数が出ないから高い、と言う事が有るんですね。私どもが今
作っている現在の商品で定価15万円くらいで売っている商品は 例えばビデオデッキとか、
さっきのステレオとか言う物からすれば 規模的に2万円から3万円の製品なんですよ。それを
15万円でも「あら安い」と そういう状態なんですね。たくさん作られるものと少ししか
作られない物とでは 自ずと掛かって来るコストが違って来る物で ある線に落ち着いちゃう
訳です。
そういう処に、大手が余り巧く食えない要因が有るんで、私どもみたいな小さい会社が
ですね、結構 業界で顔を利かせる、そういう事が出来た訳です。

大谷:そのクレーンの無線操縦の機械と言うのは、どの機械にも 持って行けば直ぐ対応出来るの
ですか?


河野:上下、東西、南北と言う その立体的な動きをしている、これは共通なんですね。ですから
私どものライバルという者は みんな同じような機械を作っている訳です。ところがクレーンと
言うのは 実は殆どが建物に合わせて作られていて 一台一台ほとんど みんな違うんです。
もう一つ、メーカーによっても違う。それから、同じメーカーでも 作った時期によって 皆
配線が違うと言った酷い物でして。私どもは余所さんと 随分 商売の仕方が違ってまして、
後から無線操縦装置だけを買って付けるという市場を狙って居た モノですから、その御陰で
ですね、相手さんのクレーンと言うものが 一体どう出来ているんだと全て掴んで居てですね、
「根掘り葉掘り」聞いては こちらで全部お膳立てして出荷出来ると、そういう細かい事が
出来る体制を整えているんですね、我が社、一社だけが。
ですから却って、「根掘り葉掘り」聞くのが営業上疎まれたりしまして、「そんな ややこしい
事を聞く会社は もう要らんわ。」と言われた事さえ有ったんですが、実際そこを聞かないで
作ったら 後で故障したり工事の手間が掛かったりする訳ですね。
で、もう その辺が私どもでは全部 分かっているから「根掘り葉掘り」聞いて一つ一つ
細かい商売をしている訳なんです。

大谷:でも それは非常に手間の掛かる仕事ですね。

河野:そうですね。

大谷:まあ、いわばオーダーメードのような・・・。

河野:今売っている生産台数の内の半分程度が 何某かのオーダーになった製品なんです。標準型の
まま出て行くと言うのは約半数ですね。それも実は本当は そこから先で、私どもの先の工事
業者の先で また、(改造が)為されている可能性が有る訳ですね。ですから その細かさが
今後、他の追従出来ない「ニッチ市場」と言う事で 我々の有利になる処なんですね。

大谷:その他にも こう取り組んで いらっしゃる(事は)・・・。

河野:うーん、やはりね。一つ商売になるものが出来たら 後の物は 仲々出来ないものですから、
難しいんです。ある程度似通ったもので、用途だけ違うもの と言う事で無線警報装置も作って
います。それから最近では、いわゆるコンピュータ系のプログラミング技術で随分 流用できる
物が出来て来ましたんで、同じように無線操縦する物でも携帯電話から無線操縦する物が出来る
とかですね。あるいは逆に携帯電話の方に 、色々な情報をワザワザ音声で送って来てくれると
いう風な物とか、そういう物を一応、「試作レベル」、あるいは一台だけ単品で注文を受けて
御出し出来る「特注レベル」、そのくらいの処までは来ています。ですが、台数がね・・・。
そういう物って、まだ台数が来ない訳ですから・・・。「ニッチ市場」って さっき言いました
けども、年間三千台の「ニッチ市場」よりも遙かに少ない市場が今言った電話とか、警報器とか
そういう系統の商品なんですね。

大谷:そうですか。

河野:仲々 新しい商売と言う物は難しいんです。

大谷:じゃあ、ここで一度お知らせです。

*** (徳島銀行のコマーシャル 省略) ***

大谷:河野さんは御趣味と申し上げて よろしいんですか? ヨットが非常に御好き・・・。

河野:ああ、それ以前はアマチュア無線を随分やっていましたし、今も やっては居るんですけどね。
今はヨットの方も当然、無線機が付いているというか、アンテナが沢山付いているというか、
そんな船に乗っています。
あのー・・、ヨットは今から30年ほど前にですね、高くて買えないからと言う事で 自分で
図面を引いていって徳島市内の造船所で鉄の船をこしらえさせた と言うのが始まりなんです。

大谷:えー! そんな人 初めて聞きました。(笑い)

河野:意外にねえ、「ヨット」って結構 コンクリートで作ったとか、木で作ったとか、自分で作って
いる人が結構居るんです。

大谷:そうですか。じゃあ、自分で その設計しますと、自分で出来ない所だけを発注して・・・。

河野:そう言う事ですね。自分で図面を引いて、まあ、殆ど色んな計算も みんなした上でですね、
その図面を持って 徳島市内の造船所へ行ったと。
そうすると造船所の監督さんが まあ、その図面を見た処で「こんなもん、素人が描いて来た
って、そんなもん出来るかどうか解れへんわ。」と 相手にしてくれないような話だったんですが
「なに、模型作ったか? それ持って来い。」と こう言って。で、模型を見たとたん「うん、
これは出来る。」 それで商売に なりましたね。

大谷:えー! じゃあ、それ以外の部分は勿論?・・・

河野:あのー、要するに鉄板を切り抜いて、図面の形に溶接して船の形にして作ってくれる・・・と。
そこを造船所に御願いし、造船所の中で浮かべておって ポンコツの車からエンジンを外して、
エンジンを積み替えたり 内装を作り、鉄のパイプでマストを立て、テント屋さんにセールを
縫ってもらって、操舵装置を付けてと、そういう作業を 仲間達を随分集めてやりました。

大谷:今、結構ヨットを御持ちの方は多いようですけれども。

河野:はい、あの時 県庁前に集まり始めていたヨットは おそらく6~7隻。それ位の時でした。

大谷:まだまだ、ヨットというと高嶺の花という・・・。

河野:今でもね。上流階級みたいに一般の方、みんな思いますよねえ。だけど徳島にヨットが、実際
60隻くらい居ます。で、その60隻くらい居ますけど、真っ新を最初かや御買いになった方は
3隻か、4隻位じゃないかと思うんです。みんな県外から中古を買ってきてですねえ、で、その
中古の御値段はって言うと、まあタダでくれるものから始まって 中古でも1千万位まで、
その辺の処が大方なんですね。
で、タダでくれるクラスと言ってもね、長さが5~6メートルあれば、最初に太平洋を渡った
堀江謙一さん、あの方は それくらいのヨットで太平洋を渡っていますからね。

大谷:ああそうですか。

河野:はい。「ヨット」ってのはね、動力が大きいのを積みませんから、(燃料を沢山積まないので)
あと、水と食べ物だけを積んでいれば どこまででも行けると言うのがヨットなんですね。

大谷:そのヨットにも色々と 御自分らしさを御出しになっているとか・・・。

河野:そう。独りでヨットに乗れるように色んな設備がリモコンで動くようになってまして、最近
映画で有りました「ウォーターワールド」でしたか、あの船ほど大きくはないですけど、
ああいう風にスルスルと勝手にセールが上がって来てですね、まあ、あんなのに近い設備は随分
有りますね。

大谷:ふうん。

河野:それから、私は電気専門ですから中にも 日本でも数の少ない電子海図システムという物を
積んでいます。その電子海図システムというのは、最近ではアフガニスタンの攻撃支援のために
海上自衛隊が初めて派遣されましたよね、インド洋へ。あの時に海上自衛隊が初めて積んで
行ったって言う風な電子海図システム、それを なんとヨットの私が先に積んだと・・・こんな
状態です。

大谷:そうですか。それからビジネスでもこう・・出かけた先で 例えば車にオートバイを積まれる
のも、それも随分ヨットの通信性を出して いらっしゃるのですけれども。


河野:そうですね。車は、アマチュア無線家ですから、あのー 短波帯から始まってUHFまで 
みんな機械が載っていて それなりのアンテナが みんな付いている訳ですから、南太平洋の
果てからのヨットの通信も みんな聞こえる訳ですね。
更に最近インターネットが出来るように車にパソコンも載ってまして、走りながらメールを
見ているという事も たまには有る訳です。で、私、東京まで車で一気に走りますんで、東京で
また駐車場に困ってですね、だから、広い所に車を安心して置いた後 トランクから出した
スクーターに乗って走ろうと、スクーターを折り畳み式に改造したり、そんなのもやってます。

大谷:簡単に一言で おっしゃいますけれど・・・、何十分か乗るのに御尻が痛くてシートを
これに変えたとか?・・・


河野:はいはい。メーカーが作っている商品っていうのは 意外とシーズで出来ている商品が多くて
ですね、まあメーカーに居て こんな事を言うと悪いですけども、実際は 余り良く出来てない
ものが結構 売られているんですよね。デザインだけやフィーリングだけだとか、ですから今の
「シート」・・・デザイン上あまり大きく作ると「格好悪いなあ」っていうことですね。
小さいシートになっていると、そうすると長距離走ると「もうお尻が痛くてたまらないわ」と。
「こんなものよく売っているな」という風な物がですね、結構売られている訳ですよ。
私は その不満足な物を見たら我慢出来ませんので さっさと改造してしまう訳です、自分の
使い易いように。折り畳みにしてもですね、あっという間に折り畳み出来るとかですね。
そういう改造とか、すぐやる訳ですね。で、そういう事って仕事に すごく役立っている訳
ですね。私は経営者とは言いながら 設計者であったから経営者になった。設計者であったから
経営者になって こういう状態ですから、モノを作り世の中に出して送り出すと、そういう面
ではですね、自分の工夫そのものが商売になっている。
ですから、売っているものも勿論、細かい工夫を一杯して有りますけれど、自分の使う物も
工夫だらけなんですね。ヨットも勿論そうです。

大谷:ふうん。やっぱり何か、こう不具合を感じたら まず変えてみる。

河野:すぐやりますね。やるだけの道具も腕も皆 持っていますから。何でもやりますね。(笑い)

大谷:河野さんは設計者でありながら社長でもあります。経営者でも いらっしゃる訳ですけれども
社員の方とは どういう つきあい方をして いらっしゃるんですか?


河野:そうですね。最初の頃は まあ友達が集まって来たと、アマチュア無線の伝で社員になってた
と。そういう人が多かったですね。会社中アマチュア無線免許を持った者ばかりという状態では
あるんです。でも ある程度人数が集まってからは普通に来た人間が結構います。そうすると、
アマチュア無線やってるって事は、昔は或る程度ユニークな人材、器用な人材、思いつきの善い
人材だったのですが、今は そうは居ません。そこで社員教育で どうにかしようと言う事で
随分 足掻きましたけれどねえ。仲々こればかりは着想とか、企画力とか、構想とかいう問題は
教育で付く物では無さそうな感じが します。私の持論は「三ッ児の魂」というやつで3才位の
頃の本人の経験と言う物が 後の能力を殆ど決定しているなあと。
もう その頃の幼児教育を逃したら 後ずっと駄目だよ!そんな感じを持ってしまってですね、
幻滅しています。(笑い)

大谷:私も ちょっと不安に・・・子育てと・・なりましたけれども、本当に。さっき最初に
おっしゃった玩具を見たら先ず中が どうなっているのか見たいと思うような人、人材?・・・


河野:そうですね。まあ好奇心を常に持てる と言う事。それが向上心でも有る訳ですよね。これは
何かを見ても感じなくなってしまったら もう おしまいというのが、そこのとこなんですね。
分解してみようと言う事は その物がドウなっているか、中味を知る機会が多ければ多いほど
その知った物を応用する機会が多い訳ですよね。
あのー元々、辞書でも そうですけど、単語が沢山収録されているからこそ必要な言葉を
引っぱり出して来られる訳ですよね。「無かったら」何にも ならないんですね。

大谷:それしか知らなければ 応用も利かないと・・・。

河野:そう!ですから、ある程度もともと詰め込み教育的な知識の数も勿論要ります。(その数も)
ある程度 揃えば、先は それを必要に応じてドウ出して来るかという整理、それから検索。
まあパソコンで好く使われる検索、あれが一番問題なんだと思うんですね。
私も 忘れっぽくて色々困って居たんですが、今から10年くらい前に電子手帳が出てきて
これに助けられて、もう電子手帳が無くなったら大騒ぎですよ。(笑い)

大谷:今も色んなアイデアを 河野さん御自身が御持ちですけれども今は その社員の方からも広く
グッドアイデアを?・・・


河野:そう、まあ無駄かも知れないけれど みんなにアイデアを出させる。それが年とってからでは
無理だという原則が確かに有りますけども、みんなに出させて それを誘導することによって
みんなも段々 力が付いてくるに違いない・・・という事で やっています。

大谷:まあ本当に柔軟な頭で・・・。これからも益々の御活躍を御祈りしています。今朝は どうも
ありがとうございました。


河野:はあ、どうも、ありがとうございました。


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